会いたい人には会えるうちに。

この頃から仕事でトラブルがあり、激務がはじまった。
リーダーとして初めてのミッション。
乗り越えるしかないけど乗り越えるには相応のダメージを負うことが約束されていた。

前にも書いたが家族を含めて正常な判断ができない状態に突入していた。
一種の躁状態に入ったまま、仕事と妻の闘病を見守る生活を送っていた。


妻の病状は明らかに悪くなっていた。
痛み止めの量が足りず、うまく寝られない日もあった。

主治医の先生に相談し、痛み止めが流れるスピードを調整してもらった。
しかし劇的な効果はない。

痛み止めの量が増えたことで意識レベルは以前より低い。
このトレードオフは受け入れざるを得ない。
妻は妻で、薬を使わないと正気を保てないほどの痛みと闘っていたのだから。

なるべく楽をさせてあげたかった。
意識があって辛いのならば、薬で意識を薄くするしかない。

ある日、先生の診察後に小声で声を掛けられた。
仕事中、席を外して玄関へ向かう。

会いたい人には早めに会わせてあげてください。病気が進むに連れて意識レベルはもっと低くなります。意識があるうちに。」と、妻に聞こえないように耳打ちしてくれた。

もうそういう時期だよな。
分かってはいたが、愛故に麻痺してしまっている部分もあった。
そうなんだ。

もう、妻には、あまり時間がない。


2021年9月11日(土)

この日は妻の中学生時代からの親友であるHちゃんが駆けつけてくれた。

妻は前日うまく眠れず、処方されていたが手を付けずにいた睡眠薬を初めて使った。
痛み止めと違い、この睡眠薬の効果はてきめんだった。

大好きなHちゃんが来てくれても、睡眠薬の効果が残っていて意識が薄くあまり話せないかもしれない。

ちなみにHちゃんは妻の34歳の誕生日を文字通り本気で祝ってくれたその張本人である。

誕生日おめでとう|nakanoryo
2020年10月 妻にはとりわけ仲の良い親友がいる。 中学時代からの付き合いで、ギターのレッスンやコンサート以外の用事を伝えられるときは大方その親友の名前を聞くことが多かった。 妻から直接病気の報告を最初にした先はその親友だった。 入院当初...

この記事の前半で書いている通り、早く一緒に住め!と圧をかけてきたガッツのある友達だ。

妻の両親とも親交が深く、家族同然の付き合いだった。

妻の好きなピエール・エルメのマカロンを持ってきてくれた。妻もあとで食べられた。

Hちゃんの前では気を張らないで居られるという安心もあったのだろうが、この日はとにかく薬が効きすぎていて意識が朦朧としているのが見ていてわかった。

妻はいつもこういう時は遠慮して今度にしようという調整をかけるタイプだったが、「短時間でいいからHちゃんに会いたい。顔が見たい。」と強い意思を示してきた。
Hちゃんに時間を遅らせられるか・短い時間でもいいかと連絡したところ快諾してくれた。

Hちゃんには申し訳なかったがここは甘えることにした。
今、妻を癒やすためにはHちゃんの力が必要だった。
家族には家族に、友達には友達に。
それぞれの役割があり、得意不得意や心の機微による物事も相性もある。

Hちゃんには意識が薄い妻の状態を見せて心配させてしまったが、妻は本当に喜んでいた。

これが最後では悔いが残るということで、Hちゃんにはまた来てもらえることになった。
彼女の行動力・妻への愛には敬服する。


2021年9月12日(日)

この日は比較的調子がよかった。
前日の睡眠薬の効果か、強制的に力が抜けたのかもしれない。

次回から睡眠薬は1錠まるまるではなく砕いて飲もうと話した。


午後一に妻の姉が彼氏を連れて遊びにきてくれた。
両親にはまだ話していないというその彼氏を、いつ両親が来るか分からない状態でサプライズ的に連れてきてくれた。

入院時にもその彼氏の話を姉妹でこそこそ話していたから、妻はどうしても会いたかったようだ。

短い時間ではあったがお姉ちゃんの彼氏に会えて感動していた。
病床に臥せる日々では、新しく会うのは病院関係の方のみだ。
久々に新しい人に会えたのも妻にとってはリフレッシュになっただろう。

家に来てくれた人と写真を取るのもすっかり定番化できた。

「一眼レフカメラを買った。」という口実で自然に記念撮影が出来たので、カメラを買って本当によかった。
これだけ写真を残せたのだから安いもんだ。

妻は「お姉ちゃんをよろしくお願いします。」と大真面目に彼氏に伝えていた。
そのわざとらしさに芝居味を感じたが、彼女なりの挨拶だったのだろう。


二人が帰って少しして、妻の母が手伝いに来てくれた。
私と妻は目配せして「セーフ!」と伝え合う。

午後は前職の先輩・上司が遊びに来てくれた。
私と妻は社内恋愛の末、お互いがその会社を辞めた上で結婚した。
そのため共通の知人は多い。
退職後も定期的に飲み会をしていたので、親交は絶えていなかった。

その中でも在職中にお世話になっていた二人が遊びに来てくれた。

二人は探り探りながらも優しく妻に接してくれた。

お互いに近況報告をしながら、照れくさそうに感謝を伝える。

妻はここでもしっかりと「ありがとうございました。」と二人に伝えていた。

仕事の姿勢を尊敬していたこと。
Wさんに憧れて自分も独立したこと。
仕事面だけでなく、二人を人間として尊敬していたこと。

まっすぐに感謝の意を伝える妻を見て胸を打たれた。

今思い返しても妻を見習いたい箇所が山ほどある。

実直に生きていこう。

お母さんに4人で写真を撮ってもらい、お礼を伝えながら駅まで送った。

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