生を追い続けて一年。

2021年7月後半

妻は抗がん剤治療により入退院を繰り返していた。
予定していた抗がん剤投与の完走まであと少し。
抗がん剤投与後の数日は入院、その後に様子を見て退院というサイクルを繰り返した。

このあとの容態と体力によっては、国立がん研究センターによる治験も視野に入ってくる。
大事な時期を迎えていた。

治験は需給の一致とタイミング、運。
他にも様々な要素もあるだろうが、先生の話を聞いてそう思った。
これらの要素がバランスよく組み合わさることが必要なので、それにすがるのではなく、もしかしたら取れる手段くらいに捉えておこうと話していた。

不動産屋の担当者から新しい部屋の鍵が明け渡され、早速自転車で向かう。
電気の開通やインターネットプロバイダの工事立ち会いのため、引っ越し前に諸々を済ませに行った。

フルリモートワークなので、この辺りの段取りは仕事に直接影響する。
面倒ではあるがどちらにせよ必要な作業だ。

あとから発生するトラブルを避けるために一件一件畳んだ。

2021/7/31に撮った謎の写真が出土された。

一年延期してようやく開催された東京オリンピックの野球をTVerで流しながら諸手続きを終える。
侍ジャパン強かったなあ。

近所ということもあり、引越しを急ぐ必要はなかったので余裕を持って8/14に引っ越すことになった。

ついでに妻名義の契約書類を整理したり、有事の際への備えも進めた。
心を無にして「必要だから。」と割り切って進めた。


2021年8月前半

引越し日に向けてやらなくてはいけないことを進め、バタバタと過ごしていた。

妻は変わらず入退院の連続。
入院時はなるべく電話をした。
妻がリモートワーク時のミーティング用に購入していたBluetoothイヤホン。
仕事では使えなくなってしまっていたが、個室の入院時には活躍していた。

妻の症状は体感としてはあまり悪化していないようだったが、お尻の痛みを訴え始めた。

私の母が来てくれるときに、ここのとんかつ屋へ連れて行ってもらいたいと妻からリクエストがあった。
しかしその辺りから坐骨神経痛のような症状が出てきてしまい、外に食べに行くのはリスクだと回避した。

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結局、ここには行けなかった。


妻は、引越し先では脚付きマットレスベッドを使いたいようだった。

レンタルしている介護ベッドの昇降機能や角度を変える機能は使っておらず、ほとんど普通のベッドとして使っていた。
なので、前から使いたかった脚付きマットレスにしたかったのだろう。

レンタル品の諸手続きは電話一本で出来るということもあり、妻のリクエストを尊重してニトリで脚付きマットレスを買うことにした。
無印良品のものと迷ったが、送料が別で1万円近くかかるので送料無料のニトリにした。


職場では、8月から正式にリーダーに任命された。
とはいえ、今までと変わらぬメンバーで仕事が出来るので大きな不安はなかった。

あと大きいところでいうと親知らずを抜いた。
2つに割って抜くタイプの治療だったため、痛く顔が大きく腫れた。
この時初めてコロナ禍のマスクに感謝した。


ガンという、肉眼には見えない敵と戦い始めて一年が経っていた。
妻の身体を蝕む病。子宮体がん。

先生から最初に伝えられた悪性腫瘍という言葉。
聞かされた当時はそれがガンであることすら理解できなかった。
悪性の腫瘍とやらを切り取れば、それで済むのだろうというくらいに思ってしまった。

妻に寄り添い続ける中でガンや妻の身体に起きていることの理解が進み、そして一年が経った。

妻が闘病を始めて丸一年。
発覚した時からステージⅣ。

それでも一年、妻はほとんど弱音を吐かずに現実を受け止め続けている。
そして、自分が出来ることを拒まずこなし続けている。

自分のために闘っていたのだとは思うが、今思えば私を含む家族からの重圧に応えるという意味合いで頑張ってくれていた面も少なからずあったかもしれない。
妻のため、といえば聞こえはいいが、私からすれば、妻のためは自分のためだ。
妻を支え続けることで自分を支えていた。

病状の変化に対して、大小あるが一喜一憂しながら、その経過を見続けてきた。

一年続けてきた。
我々はおそらく正常な状態ではなかった。
我々とは、私を含む近くで支え続けていた家族だ。
これは良し悪しの話ではない。
正常な状態ではなかったという事実はそこにはあった。

愛する人の生を真剣に追い続けるとは、そういうことだ。

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