ある地下室の思い出。

不意に、学生時代にアルバイトをしていたライブハウスに出演していたアーティストの好きな曲を聴きたくなってインターネット上を探した。

ヤスエでんじゃらすおじさんさんの「黄金」という曲だ。

曲のタイトルは覚えていなかったが、サビのメロディー・歌詞は定期的に頭を巡っていた。

綺麗で印象的ななメロディーなので、探すのにそう時間はかからなかった。

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記憶の中でもずっと輝いていたサビの節は、珍しく早起きした休日の朝、久々に聴いた30歳手前の私にも心地よく聴こえた。


大学生時分に、オフィス街に咲く唯一無二でかっこいいライブハウスでスタッフをしていた。

もともとは地元の粋で人情味溢れるこれまたかっこいいライブハウスで、ゼロから見習いでライブハウススタッフ生活を開始をしていた。
今から10年前の2013年10月に、その地元のライブハウスが閉店することになった。

お世話になったライブハウスが閉店するという事実を受けた私は、当時ライブハウススタッフとしてもバンドマンとしても今後も取り組んでいくために、ない頭を回して策を練った。

そこで私を拾ってくれたのがこのライブハウスだった。
当時の店長がたまたまTwitterでスタッフ募集の案内を出していたので、脊髄反射でDMを送った。

今思えば連絡の順序に筋が通っていないところがあったのではないかと反省する部分もあるのだが、未成年の若者ということもあったのだろうか、お咎めなく働かせてもらえることになった。


そのライブハウスで働く中で、特に印象的だったのが朝5時オープンで昼の11時頃まで演るイベントだった。
通称”早朝ギグ”。
早起きさんも夜を明かした遊び人も、だいたい半々くらいで集まるカオスなイベントだった。
ノイズミュージシャン、弾き語り、お笑い芸人、バンド、ストリップの踊り子、などなど。
よくブッキングライブなんかでも”化学反応”といった便利な言葉でお茶を濁している告知をよく見るが、このイベントは実際に化学反応が毎回起こっていた。

ヤスエさんとはこの早朝ギグで、だいたい2ヶ月に一回のペースでバーカウンター越しに挨拶をして、ドリンクをお出しすることで定期的なコミュニケーションを取らせてもらっていた。


私はこの早朝ギグというイベントが大好きだった。
バイト代も正直いらないくらい、この日を楽しんでいた。(しっかりいただいていたけども。)

社会人になり、常勤スタッフから外れて卒業してからも、早朝ギグ専門要員としてしばらく籍を残していた。

大学生時代は余裕がなかったが、社会人になってからはこの早朝ギグに向けて仕上げるという新しい楽しみ方もしていた。

ある日には、終電で苗字と同じだからという理由で東京の中野駅に向かい、そのまま東京中をひとりで彷徨い、疲れ切った状態で歩いて四谷のそのライブハウスへ向かうという謎の試みをしたこともあった。

その日来るお客さんよりも肉体的に疲れた状態を自身で作り出し、早朝ギグを限界の状態で誰よりも楽しむ、という算段だ。
ちゃんとスタッフとしての矜持はあったので当たり前だがノンアルで彷徨ったのも思い出深い。

自分なりに早朝ギグというイベントを解釈して、当時の店長に今日はこんな仕上げ方をしてきました!とよく分からない報告をして気持ちよく働かせてもらっていた。

いい感じの若気の至りをここで経験させてもらった。
受け皿になっていただいたことに、本当に感謝してもしきれない。


東京のこのアングラなライブハウスでの日々は郊外に住む大学生には刺激的だった。
埼玉県南部出身者に上京という概念はないが、文化的な上京といった感覚をこの時に味わった。

学校、コンビニバイト、スタジオ練習、睡眠、学校、ライブハウスバイト、睡眠、学校、ライブハウスバイト、打ち上げ、睡眠、デート、睡眠、コンビニバイト、スタジオ練習、飲み会、睡眠、練習、ライブハウスバイト、スタジオ、睡眠、ライブハウスバイト、打ち上げ、睡眠。
変拍子な日々はいつも輝いていた。


今はもう、私はバンドをやってない。
あれだけ入り浸っていたライブハウスも年に数回しか行ってない。
ベースはたまに弾いて毎回絶望している。

それは別に大人になったからというわけではない。

やりたいことが他にあるから。
他のことに心を燃やせているから。

ただ、軸足を置く場所ではなくなっただけだ。

それでもやっぱり爆音が鳴り響く東京の地下室に、恋い焦がれる日はある。


そんな青春の断片が、この黄金という曲を聴いて脳内を駆け回った。

あと一ヶ月もしないうちに私は30歳になる。

何が変わるわけでもないが、20歳前後の時期を過ごしたあの地下室で出会ったこの曲が、今日も気持ちよく聴けるこの事実を幸せに思う。

決して黄金色の日々ではなかったけど、ときたまギラギラと光る瞬間を、たまに磨いてはそこに映る自分を観察していきたい。

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